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盛岡地方裁判所 平成8年(ヨ)132号 決定 1997年1月24日

債権者

前沢町

右代表者町長

鈴木一司

右訴訟代理弁護士

野村弘

債務者

有限会社トウショー

右代表者代表取締役

阿部昭英

右訴訟代理人弁護士

水谷英夫

松井恵

内藤千香子

主文

1  本件申立をいずれも却下する。

2  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一  申立の趣旨及びこれに対する答弁

一  債権者

1  債務者は、別紙物件目録第一記載の土地上に、別紙物件目録第二記載の建物(未完成)について、建築工事を続行してはならない。

2  債務者は、別紙物件目録第二記載の物件に対する占有を他人に移転し、又は、占有名義を変更してはならない。

3  債務者は、右物件の占有を解いて、これを執行官に引き渡さなければならない。

4  執行官は右物件を保管しなければならない。

5  執行官は、債務者が右物件の占有の移転又は占有名義の変更を禁止されていること及び執行官が右物件を保管していることを公示しなければならない。

二  債務者

主文第1項同旨。

第二  当事者の主張の要旨

一  債権者

1  債権者は、平成八年六月二六日、別紙第三記載の内容のとおりの「モーテル類似施設建築規制条例」(平成八年前沢町条例第二〇号)(以下「本条例」という。)を公布し、同年七月一日から施行した。

2  債務者は、別紙物件目録第一記載の土地(以下「本件土地」という。)上に別紙物件目録第二記載の建物(以下「本件建物」という。)を現在も建築中である。

3  本件土地は、本条例三条二号の町長が前沢町教育委員会と協議して指定した通学路(前沢町古城字志人沢一〇〇番地一先、町道北舘・四谷線、同寺ノ上・志人沢線)の側端から二〇〇メートル以内の区域にあるから、本条例により町長の同意がない限り何人も「モーテル類似施設」を建築してはならないところ、本件建物は、本条例二条一項一号ないし五号に該当する「モーテル類似施設」と認められるものである。なお、本条例附則四項によれば、この条例施行の際、現にモーテル類似施設の建築工事に着手しているものについては、この条例は適用されないところ、債務者は、本条例施行期日である平成八年七月一日までに本件建物の建築工事に着手していないので、本件建物には本条例の適用がある。

4  前沢町長は、本条例五条二項に従い、平成八年九月三〇日、債務者に対しモーテル類似施設建築措置命令通知書を送付したところ、債務者は、同年一〇月三日、本条例五条三項に基づき公開の聴聞の請求をし、同月二八日、公開による聴聞が行われた。前沢町長は、同月三〇日、債務者に対し、本条例五条一項に基づき、本件建物の工事を同年一一月五日までに中止することを命ずる措置命令を発した(同年一〇月三一日債務者に到達)。

5  よって、債権者は債務者に対し、本件建物建築差止請求権を有しており、また、保全の必要性がある。

6  なお、本条例は、昭和四〇年代から五〇年代におけるモーテルないしモーテル類似施設の濫設とこれに対する地元住民の阻止運動における一定の成果と挫折という経緯をふまえて、債権者が長年の懸案を解決すべく県内の同種条例を十分検討し、関係諸機関とも十分協議した上で、平成八年二月ころから立案作業等に着手して制定されたものであり、債務者の営業を阻止することのみを目的として制定されたものではない。本条例立案担当は債権者企画調整課であり、債務者が債権者建設課を訪問したことがあったとしても、債権者企画調整課は債務者の本件建物建築計画を知り得る立場になく、本条例の制定は、債務者の右動向と全く無関係である。

二  債務者

1  本件建物には、性的行為に利用することを目的とする設備等は一切なく、構造上も三人ないし四人の利用を前提とし、また、車庫から直接室内に入ることができないものであり、「専ら異性を同伴する客の宿泊の用に供する」ものとはいえないので、「モーテル類似施設」には該当しない。

2  聴聞が当初非公開で行われるなど適正な手続きが履践されていない。

3(一)  本条例は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和二三年法律代一二二号)」(以下「風営法」という。)及び風営法に基づく岩手県の「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例(昭和五九年条例第五〇号)」(以下「風営法施行条例」という。)と、同一の目的を有するところ、風営法は、同法による以上の規制を許さない趣旨の法令であるから、これらの法令の定める規制の範囲を超える法的規制を定めた本条例は、憲法九四条、地方自治法一四条一項に反して違憲、違法であり、本条例による規制は無効である。

(二)  本条例は、旅館業法(昭和二三年法律第一三八号)と同趣旨の規制目的を有するのに、同法よりも広い規制範囲を有し、かつ、その規制対象に対して建築禁止、町長の中止命令など同法よりも厳しい規制をしているものであって、その規制手段は比例原則に反して合理性を欠くものであり、憲法九四条、地方自治法一四条一項に反して違憲、違法であり、本条例による規制は無効である。

(三)  財産権を規制する法令は、目的及び手段が相当であることを条件に合憲性が保たれるものであるのに、本条例は、既に相当の資金の投下がなされているのが通常であるはずの建築確認の申請を行っていた者についても、施行時において建築工事に着手していない限り、その規制の対象におくものであり、その規制手段において、特定の者(本条例施行前に建築確認の申請を行った者)に対し、合理的理由もなく、不当に損害を生じさせるものであって、到底目的に対して相当な手段を定めたものとはいえず、憲法二九条に違反して違憲無効である。

(4) 本条例は、債務者の本件建物の建築を阻止することを目的として早急に立案、制定されたものであるから、行政権、条例制定権の著しい濫用であり、本件建物に適用される限り違憲無効である。

第三  判断

一  本件建物が、本条例二条一項一号ないし五号に定める構造を有していることについては、疎明資料(甲四、一八)及び審尋の全趣旨からこれを認めることができる。

ところで、債務者は、本件建物が専ら異性を同伴する客の宿泊の用に供すると認められるものではないから、「モーテル類似施設」に該当しないと主張する。

しかしながら、本件建物は、天井側壁を有する各車庫に隣接してトイレ、バスが設置された広さ約三〇数平方メートルのほぼ同型の個室型宿泊施設各一五棟からなるものであり(甲四)、周辺の状況に鑑みても、右建物が専ら異性を同伴する宿泊の用に供すると認められる施設であることは社会通念上明らかであって、本件建物が本条例にいう「モーテル類似施設」であることは明白であるというべきであるから、債務者の主張は理由がない。

二  本件土地が本条例による規制区域内にあり、債務者が本件建物の建築行為をしていたこと、債権者が債務者に対して建築中止命令を発したこと、債権者が右建築中止命令の発令にあたり本条例に従った適正な手続を経ていること、債務者が、本条例施行期日である平成八年七月一日現在建築工事に着手していなかったことは、疎明資料(甲二、甲八、甲一二の1、2、甲一三の1、2、甲一六)及び審尋の全趣旨からこれを認めることができる(債務者が主張する瑕疵が聴聞手続にあったとは認められない。)。

そして、行政上の義務の履行に民事手続を利用できるかについては、行政法上これを履行するための定めがなく、また、その性質上行政代執行法上の代執行によって強制的に履行することができない場合は、行政主体は、裁判所にその履行を求める訴を提起できるものと解されるところ、本条例には、町長の命令権についての定めはあるものの、これを強制的に履行する手段についての定めがなく、また、建築行為の差止が行政代執行により履行できないことも明らかであるから、債権者の本件申請自体は適法ということができる。

三  次に債務者は、本条例の合憲性につき縷々主張するので、以下その点につき判断する。

(一)  憲法九四条、地方自治法一四条一項の規定からして、地方公共団体の制定する条例が、国の法令に違反する場合にその効力を有しないことは明らかであるが、条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を形式的に対比するのみではなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較して、両者の間に実質的に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない。したがって国の法令と条例が同一ないしは趣旨において共通する目的を有し、また、ある事項ないしそれに関する事項について両者の規律が併存する場合であっても、国の法令が、必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨でなく、それぞれの地方公共団体において、その地方の実情に応じて別段の規制をすることを容認する趣旨であって、条例の適用によって国の法令の意図する目的と効果を何ら阻害することがなく、条例で規制することに合理性が認められる場合には、両者の間には何ら矛盾抵触がないと解すべきである。

ところで、風営法は、善良の風俗と清浄な風俗環境の保持、少年の健全な育成を目的とし(同法一条)、いわゆるモーテル(同法二条四項三号、風営法施行令三条)につき、営業の届出(風営法二七条一項)、官公庁施設・学校・図書館・児童福祉施設・都道府県の条例で定める施設の敷地周囲二〇〇メートル以内での営業禁止(同法二八条一項)等を定め、同法を受ける岩手県風営法施行条例は、一部のモーテルにつき胆沢郡全域で営業を禁止する等の定めをなしており(同条例一二条、別表三)、また、旅館業法は、公衆衛生・善良な風俗の維持を目的とし(同法一条)、旅館業(同法二条)につき、営業の許可(同法三条一項)、学校児童福祉施設・都道府県条例で定める社会教育施設の敷地一〇〇メートル以内での経営の不許可(同法三条三項)等を定めるところ、本条例は、快適で良好な居住環境・青少年の健全な生活環境の確立を目的とし(本条例一条)、「モーテル類似施設」(風営法の規制は及んでいない。)について、第一種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域、第一種住居地域、町長の指定する通学路の両側端から二〇〇メートル以内、教育施設等の敷地周囲二〇〇メートル以内につき、町長の同意がない限りその建築を禁止し、違反に対しては町長の工事の停止等の措置命令権(本条例五条一項)等を規定するものであって、風営法及び旅館業法と趣旨において一部共通する目的を有するところ、本条例は、確かに両法における規制対象、規制内容、規制程度を超える規制をしているものということができる。

しかしながら、右両法の規制目的である善良な風俗の維持、少年の健全な育成等の目的達成のためには、およそ当該地域の実情に応じた独自な規制が必要なことは言を待たないところ、風営法ないし旅館業法自体において都道府県に対し独自の基準の設定を委ねているのであるから、両法が、全国的一律に同一内容の規制を施す趣旨でないことは明らかであって、市町村の条例において別段の規制をすることを排斥したものとは到底解し得ない。しかるところ、本条例は、その規制対象や規制地域を明確に定め、規制方法としても建築規制という風営法ないし旅館業法のとは違った観点からの手法をとり、また、その規制方法と規制目的とに合理的関連性が認められるから、町長の判断が恣意に流れたり、右両法において定める基準に対して悪影響を与えたり、あるいは両法の本来的目的から派生的に生じる健全な業者の育成という目的を阻害したりすること等は考えられず、したがって、両法の目的、効果を害することはないものというべきであるし、また、本条例の規制程度が旅館業法に比較して著しく不合理であって比例原則に反するとも言えないから、本条例が、地方公共団体の条例制定権の範囲を逸脱し、憲法九四条、地方自治法一四条一項に反する違憲、違法なものと認めることはできない。

(二)  また、条例により、財産権に対して加えられる規制が、憲法二九条二項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるためには、規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量し、規制目的に正当な必要性があり、その規制手段において右目的を達成するための手段としての関連性・相当性が必要であると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、疎明資料(甲二二、二三、二九)、審尋の全趣旨並びに当裁判所に顕著な事実によれば、債権者前沢町において快適で良好な居住環境・青少年の健全な生活環境の確立のため、モーテルに類似する構造及び用途を有するモーテル類似施設について規制する必要性が認められることは疑いのないところであって、そのために右施設の建築自体を禁止する規制方法には合理的関連性があるということができる上、規制対象や規制地域について明確に定めていること、右規制対象のモーテル類似施設について規制目的を害さない場合には建築規制が解除される場合があること、町長の規制地域の指定や建築同意に関して審査会や教育委員会の意見を聴取するという慎重な手続を定めて町長の裁量に一定の歯止めをかけている外、公開の聴聞手続についての定めもあるなどその規制方法に相当性が認められるのであり、本条例による規制が直ちに憲法二九条に反すると解することはできない。

したがって、本条例の規制それ自体が違憲、違法であることを主張する債務者の主張は理由がないと言うべきものである。

(三)  しかしながら、疎明資料(甲一、二、三の1ないし3、四、一六、一七、二九、乙一の1ないし13、二、三、六ないし一〇、一七、二五ないし二八)及び審尋の全趣旨によれば以下の事実も認められる。

すなわち、債務者は、少なくとも平成七年五月ころ、債務者役員阿部東亜子名義で本件土地を購入するなど本件建物建築の準備等を始めており、同年一〇月ころ及び平成八年三月ころ、債務者設計担当者伊東正俊が債権者建設課に赴き、担当者に対し計画の概要などを伝えたり、関連法令の調査等にあたっていたが、債権者側からは、特に問題点を指摘されなかったこと、同年五月二九日、債務者は、胆沢平野土地改良区に建築予定の本件建物からの排水放流許可申請をしたが、これはそのまま保留となっている(同改良区から、同年一〇月ころ、右建物が本条例に該当するとの連絡を債権者から受けたことを理由に保留する旨の返答が来ている。)こと、同年六月一九日、債務者は、岩手県モーテル類似旅館業指導要綱に基づいて水沢保健所長へ計画書を提出し、同月二〇日、本件施設の建築確認の申請を債権者へ、さらに、同月二五日、水質汚濁防止法に基づく特定施設の設置届出を水沢保健所長に出し、同年七月二四日、右確認及び受理がなされたこと、他方、債権者においては、既に少なくとも昭和五六年当時からモーテル類似施設の建築が問題視されており、平成八年二月ころには本条例立案作業が既に開始されていたのであるから、右施設の建築の動きには債権者において当然関心が払われていたと推認されること、岩手県モーテル類似旅館業指導要綱によれば、保健所長が市町村等の各機関と右施設についての情報交換に努めるようにと定まっていること、本条例の立案担当は債権者企画調整課ではあるものの、本条例が建築規制という手法をとっている以上、右課が建設課と協議もせずに本条例の立案にあたったとは考えられず、右情報交換の点などとも照らし合わせると、債権者においては、債務者の計画を本条例制定前から知っていたものと推認されること、債権者は、平成八年六月一四日、町議会定例会に本条例案を提出し、同月二〇日、町議会定例会で本条例案が可決され、同月二六日、本条例が公布され、同月二八日、本条例施行規則が公布されるとともに、町長による規制区域の指定が行われ(この際、本件土地に接する道路が規制通学路と指定された。)、同年七月一日本条例が施行されたこと、なお、債務者は、本条例施行前に、少なくとも本件土地購入代金三一〇〇万円及びコンサルタント料金五〇〇万円を出捐している外、施行期日以降にも債権者からの停止勧告、停止命令等を無視して工事を強行した結果、約一億円以上の出資をしていること、以上の事実が認められる。

以上の事実によれば、債権者は、かなり以前から債務者の計画を知っていながら、特段債務者に注意を促すなどの措置をとることもなく、施行期日までに建築工事に着手していない限りは一律に本条例が適用され、町長の同意がない限り建築工事に着手できなくなる(審尋の全趣旨によれば、本件建物について町長が建築同意をする可能性はほとんどないことが認められる。)本条例を公布五日後に施行し、さらに、本件建物につき建築確認申請が出ていることを知りながら、敢えて本件土地脇の道路を規制通学路として指定したものと認めるほかない。そして、債務者の方は、本条例が制定されるなど全く予想せず、相当の資本を投下して本件建物の建築準備行為に着手し、本条例公布六日前には建築確認の申請を出し、いつでも建築工事にかかれる段階に至っていたのである。しかも、債務者の受ける損失額については、債務者自らの責で拡大させた部分もあるものの、既に多額の資金を投下していた債務者が右のように債務者に対する関係では著しく不合理となる本条例に反発して建築工事を続行したことにはやむを得ない面があるところ、右出資額は相当高額であって債務者の死活にかかわる程度に至っていることに鑑みて、損失補償等ではまかないきれないものであると認められるところである。

したがって、債務者の本件建物につき本条例を適用する限りでは、本条例の規制は、著しく不合理であり相当性を欠くものであって、本条例は憲法二九条に反する違憲無効なものと断じざるを得ず、町長の出した措置命令はその根拠を有しないこととなるので、結局、債権者の債務者に対する債権者主張の差止請求権は発生していないこととなるから、その主張の被保全権利の存在について疎明がないものと言わざるを得ない。

(四)  なお、乙二九号証の1ないし21によれば、本件建物は、本件第二回審尋期日以前において、内装工事も完了し、後は備品を搬入するだけの段階に至っていることが認められるから、既に完成したものということができる。

そうすると、その工事の続行の禁止を求める本件申立は、保全の必要性をも欠くものと言わなければならない。

(五)  以上の次第で、債権者の本件申立はいずれにしても失当であるからこれを却下することとする。

(裁判長裁判官佐々木寅男 裁判官鈴木桂子 裁判官中村恭)

別紙<省略>

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